般若心経は2011年の震災の前までは時々読誦する程度で
数取りもしてなかったんですが
震災以降は・・私は住職ではないんですが震災以降、毎日読誦するようになって
記録( 数取り )するように努めていきました。

 

 

 

266文字(経題を入れたら276文字)を最初から最後まで唱え終わるのに

 

 

 

最初は時間が非常にかかってまして3分くらいかかってたんです。

 

 

 

ですけど

 

 

 

時間を区切って出来るだけ早く暗唱できるようにと慣らしながら
必ずクンバハカにしてじわじわスピードアップを図って
脳のシステムを慣らし心身に過大なリスクを負わせない形で習慣性を応用し
読誦回数を持続可能な形で少しずつ負荷をかけ累積させていったところ

 

 

 

1000回( 1000巻 )を越える直前か越えたころに
最初から最後まで呼吸を乱さないで読むのに50秒くらいになり

 

 

 

 

 

1万回( 1万巻 )を越えた頃には心誦という超高速の・・
声になるかならないかの囁きスレスレで、しっかり意味をとって
映像的に読むやり方も混ぜたりして25秒くらいになっていました。
これの狙いは心経の堂奥にあるものにアクセスできないかと思ったのと
これを継続することが何をもたらすのかを見極めるということ

 

 

 

さらに有我一念を高速化させることで無我無念の状態をこれで作れるのではないか
ということで一部の限られた方ではなく
誰でもが再現できる可能性として検討してるということでして
恐らく毎日修行( 読経 )してるご住職なんかは、そういうのは、やらないだけで、やろうと思えば、もっと速く心誦できると思うし
一般の方でも般若心経をたくさん読誦(読経)なさってる方は、やろうと思えば、この感覚は腑に落ちるのではないかと思います。

 

 

 

※コツというほどでもないですが瞑目し心に般若心経の全体を大まかに絵に描いて
息を吸いながらでも吐きながらでも唱えられる息の調整と
心の目で文字をブロックの塊ごと心の目で見ながら、ささやくような声・・
あるいは心誦に近い状態でリスク回避も考慮し集中し下腹で諳んじるというやり方です。
あとは時間を15分とか20分で区切って、この時間だけは集中するというようにする。

 

 

 

高速で集中して唱えていく感覚は説明するの難しいけど・・例えば九九をできるだけ高速で諳んじるとき

 

 

 

息を吐きながらでも吸いながらでも、どちらでも高速のささやき声で呟いたり
黙唱した際に何ら緊張せずリラックスして諳んじれますよね。
あんな状態に持っていくということです。
後は言葉に尊敬を感じ清明さが感じられるというのも大事かもしれない。

 

 

 

それに‥そもそも論になりますが意志力の煥発と習慣統御をしていったから
根だけが取り柄と思ってた人間が意志が弱り3日坊主の権化に堕して
すぐにあきらめる人間になって悔しい思いをしていた・・
そんな私みたいなのでも( 心身統一法があったから )ここまで根を持続できるようになっていったんだと思っています。

 

 

 

 

 

そうなるに応じて、そこまで多くの時間を割けないので
費やす時間は同じでも読誦回数を少しずつ増やしてるという段階です。

 

 

 

無理をすれば、もっと速くなるかもしれませんが、それが目的ではないし

 

 

 

( 以前に無理をして、ちょっとアカンなと思った体験もあるので )

 

 

 

「深い意識内でのリラックスや呼吸のリズムを大事に繰り返す」というのに重点を置いたら
現時点では、これくらいがちょうどいいので、少しずつ様子を見ながら落ち着かせています。